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2011年12月19日月曜日

グレン・グールド漬け

師走のあわただしい中、こんにちは!
(よ)です。

最近クラシックの話ばかりしていますが
今日もです!ご勘弁を!

先日KBCシネマにて
グレン・グールド 天才ピアニストの愛と孤独」を見ました。


バッハの「ゴルトベルグ変奏曲」などを斬新な解釈をし、
グールド以外ではあり得ないような演奏法を貫いた人。

天才ならではのエキセントリックなエピソードが満載で
夏でも手袋を手放さない
極端に低い椅子で演奏する
何十年も愛用の椅子を、どこにでも持ち歩いた
などなど、いろんなうわさに取り巻かれて、
どんな人だったのかにうまく迫れない人。

そのグールドを
生前の豊富な映像と周りの人の証言によって、
すこうしだけ、どんなことを思っていたのかを
類推する映画でした。

本当に魅力的な音と人で、
特に若い頃の映像を見ていたら、
「そりゃこんな人、好きにならずにはいられないなぁ」と
しみじみ。
クラシックを普段聞かない人ほど、
この人の演奏には魅了されるんじゃないかなぁ。
ので、YouTube貼っておきます






タイムリーに、最近読んだ本にグレングールドの話題がでていました





















これです。
その名の通りの本の第1回目の対談で、
グレングールドの話題がたっぷり。
小澤征爾の師匠バーンスタインと、グールドが共演する際、
バーンスタインが
「この曲の解釈は私の解釈ではなく、グールドの解釈によるものです」
と異例の前置きをして始めたという演奏会。
グールドの解釈に全く納得できないまま始まったベートーベン。
その場に小澤征爾さんもいたというのです。
映画の中でもひときわ印象に残るこのシーンの、
裏側が見えてきます。

それにしても、この本も、本当に面白かったなぁ。
当然ですが
村上春樹は言葉の人で
小澤征爾は音楽の人なんだということが
よくわかります。
その2人が音楽をきちんと説明しようという目的に向かって
得意をいかしあったって感じのエキサイティングな本でした。

それにしてもグールド素敵。

2011年7月25日月曜日

ダンシング・チャップリンと、男前な草刈民代

夏が戻ってきましたね
(よ)です

ほぼ日での
あまりに男前な連載がステキで(「かっこいい、草刈さんと周防さん。」)
周防正行監督の「ダンシング・チャップリン」を見に行きました













「ダンシング・チャップリン」公式サイト

チャップリンのさまざまな映画の
エッセンスを抽出して
バレエで表現した舞台の映画化。
第一幕は、「映画ができるまで」。
ローラン・プティさんという振付の先生に、
周防さんが映画化の話を持ちかけ、
喜ばれたり、怒られたり。
実際の練習風景で、
草刈さんを持ちあげる男性バレエダンサーの力量に問題があり
キャスティングが変更されたり、
そのかわりにやってきたダンサーが圧倒的に素晴らしい技術を見せたり。
草刈さんがはっきりとした言葉で
自分の意志をまわりのダンサーに伝えていたり。
それぞれのプロ達が全力を尽くす姿が
スリリングで気持ちがよかった。

第二幕は実際のバレエ。
一幕で起こったもろもろを解決し
「ライムライト」や「街の灯」「モダンタイムス」や「黄金狂時代」など
そうそうたる映画がバレエで表現されます。

ひとときも目が離せませんでした。
チャップリンの映画のエッセンスを的確にピックアップしてバレエに作り上げる感性も、
目から鱗というか、見たことのない手法でした。

そして何より、それを踊るダンサーの体と技術の素晴らしさ。
人間の身体にとって、不自然なことを行うことが
美しさにつながるなんて、驚き!
だってつま先で立って歩くことが
こんなにキレイだなんて!!(超初歩・笑)
チャップリン役のルイジさんの
コミカルな動きを裏付ける、バレエダンサーの筋肉の素晴らしさ!

最近カラダ関心高めのわたしには
本当に刺激的な映画でした。

もっと舞台裏を知りたくなって
こんな本まで読みました。












周防正行の「バレエ入門」

映画ができるもっと細かい経緯や
ダンサーの苦労や日常、
夫婦ののろけ話などが満載でステキな1冊でした。

で、いろいろこの映画周りにのものに触れて
つくづく感じたこと。
周防監督と草刈さんは
とっても真剣なんだけれど、とっても上品。
作品そのものも、 ものづくりに対する姿勢も。
自分の領域をしっかり見極めて、そこでのワガママは通すけれども
他者のいうことを聞き、尊重する。

ものづくりって、エゴイスティックだけど
こんなに品ある作りでステキにできるんだなぁと
すがすがしい気持ちになりました。

2011年6月20日月曜日

痛くて美しくて最高!「127時間」

(よ)です。

久しぶりに超タイプな映画見ちゃいました
「127時間」。
あらすじを言ってしまえば、
登山家が人っ子ひとりいない岩だらけの谷で
腕を挟まれるという事故に会い、
脱出できなくなって、時間が過ぎてゆく…
という映画。


127時間 公式サイト

ダニーボイルらしく音楽超いいし、
単なるサバイバル映画ではなく
幻想的な風景が織り交ぜられるのもいいし、
ワタリガラスなどのささやかなエピソードも心に残るし、
ずっと見ていたいくらい映像も美しいし、
こんな題材なのに、教訓くさくないのもセンスあるし!

はやく言えばどんぴしゃに
タイプの映画だったってことなんですが
今回特に心地よく感じたのが
主役を演じたジェームズフランコの
カラダが超かっこよかったってことです。
なんというか、いいダンサーの踊りを見ているのが快感なように
岩山を登り、降り、
自転車を走らせる、
その動いているのをずっと見ていたい感じ

自分が動かしたいように動くカラダって
ほんとステキだなぁ。
美しいカラダ、うらやましい…

最近
きちんと動くカラダにすごく興味があって、
こんな本まで読んでる始末。












フランス文学者にして人気文筆家?にして
武道家の内田樹の「武道的思考
究極的なカラダは、「適応」ということだとか
強いとは、どういうことかとか。

とってもおもしろいのですが、
はたしてわたし、どこを目指しているのだろう…

2011年6月6日月曜日

100,000年後と、人類の業

梅雨入りしたそうですね!
(よ)です

昨日は、なんだか考えるDAYでした
まずはKBCシネマで
「100,000年後の安全」という映画を見ました
フィンランドに建設中の
高レベル放射性廃棄物の最終処分場のドキュメンタリー。

 

フィンランドの地下500mの深さに作られている処分場「オンカロ(隠された場所)」。
処分場とはいいつつ、ここは「埋葬するための場所」です。

原発が安全なのか危険なのか?
必要か?不要か?という文脈での議論は
いろんな立場でありますが
そもそも原発を稼働させたら絶対に出る廃棄物を処理する方法は
世界中の科学者が現時点では「ない」と断言している。
つまりそれだけは、はっきりしているわけです。
そこでフィンランドでは、放射性廃棄物が無害化する10万年後まで
確実に保管できるであろう場所をつくっているのです。

映画を見ていると
だんだん変てこな気分になってきました
どこまで考えても、絶対に答えがでないから

というのも
「ここに眠っている物質は危険なので、近づかないでください」
と10万年後の人類に伝える必要がある。
では、 それを何語で、どのように残すのか?とか
(いまのとこフィンランド語ということになっている)
それを伝えることができたとして
悪用しないよう未来の人類を信用できるのか?とか
知的好奇心のために掘り起こしたりしないのか?とか
(いまのとこそう信じるしかない、という結論)
そんな仮定の話が行われるのですが
今より10万年前の人類といえば
なんとネアンデルタール人!
ということはつまり、この議論は
ネアンデルタール人からの言語やメッセージを
わたしたちが読み取り、理解し、管理運用できるか?ということに近いのです

それって常軌を逸してるように、わたしには思えるのです。
そんなとんでもない前提に立たないと扱えない物質は
たかだか80歳程度の寿命しか持たない人類の
手には負えないものだったのじゃないだろうか?
身の程知らずなんじゃないか?
10万歳寿命があれば別かもしれないけれど!
あたかも人の寿命がそれだけあるように振舞うことが
科学技術なのか?
もう途方にくれてしまいました

そのあとはNHK三昧。
21時~ 「原発危機 第1回 事故はなぜ深刻化したのか」
22時~ 「続報 放射能汚染地図」

そして
22時30分~「暗黒のかなたの光明~文明学者 梅棹忠夫がみた未来~」










 暗黒のかなたの光明 番組ホームページ

大学の時、文化人類学を専攻していて
梅棹さんの著作も読んだものでした
梅棹さんが館長を務めていた「国立民族学博物館」も大好きで
何度か足を運びました

でも、今ほど彼の言いたかったことが
欠片なりとも分かる時はない
今までは、読んでるだけ、見てるだけで、
本当はなんにも分かっていなかった

番組の中で出てきた
最後の未完の著作「人類の未来」の目次が
もうもうびっくりするくらい、
いまの世界をするどく言い当てていて、
まるで予言者。

番組の通奏低音として
梅棹さんは
「人類は、知的活動をする点で、人類たりえるプラスの評価ができるが
その知的活動を制御できない『業』のあまり
知的活動によって自らの墓穴を掘っていると考えていた」
と伝えていました

この言葉と、「100,000年後の安全」 が
驚くほどリンクすると思いませんか?
もうなんにも知らずぼけっとしてた自分、ばかじゃないの?と
ほとほと嫌になった一日でした。

興味のあるかたは、映画はKBCシネマで6月10日(金)まで。
梅棹忠夫の番組は、きっと再放送があると思います。